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気付きへの「死角」を防ぐ方法


このところ「負の目標」つまり、「影のGOOL」という
キーワドについて、何度も触れているけれど、
折角、素晴らしい目標を掲げても、それをいつも実現できなくて、
自分に腹立たしい気持ちを持っている人も少なくないと思います。


私自身も、そんな一人でもありますが、そんな凡才な自分でも
ちょっとしたコツを知ることで、不必要な挫折や失敗をかなり
防ぐことも可能になるんだということを、体験上知ることが
ありました。


才能に溢れる人間の行動を、つぶさに観ていると、
スキがないというか、失敗を起こす要因をこれでもかというくらい、
前もって用意周到、慎重に「見える化」させ、一つ一つを
潰していく作業を丁寧に行っている。


だから、彼らは“普通の人”、つまり、物事に流され易く、
そのままにしておくと、問題が起こりそうな案件に対しても、
行き当たりばったりで、一か八か的に人生を過ごす人よりは、
自分の力量が客観的に見ていられるし、今の技量、力量で、
一体どのような手法を用いることで、良い結果を生み出す
可能性がより高くなるのか、ということが「観えている」と
言える。


一見、非凡に見える彼らは、実は、水面下では、平凡な人たち
などよりも、はるかに多くの失敗を体験しているし、
何よりも、行動数が比較にならないほど多い。


平凡な人と、非凡な人の違いはどこにあるんだろうかと言えば、
一口で言えば、物事を「やり過ごし」見えないままに放置して
おくか、「見える化」し、いつも感情面で、こうした出来事を
リアルなものとして、自分の内面で疑似体験として、感じて
いられる状態にあるかの違いだと感じる。


目標を掲げたところで、物事がなかなか上手く進まない時に
生じているのは、目標実現への「阻害行動」や、目標実現への
アクセルを踏む一方で、同じようなパワーでもってブレーキ
ペダルとして踏み込んでいる「裏の目標実現」が発生していると、
別のコンテンツでも時々触れてきたけれど、大切なことは、
ワークショップで「阻害行動」や「裏の目標」を表面化する
ことだけではない。


ただ単なる紙面に文字として、これらの「阻害行動」や
「裏の目標」を表面化してみたところで、それは単なる
頭に汗をかいた「ワークショップ作業」をしてみた、という
ことに過ぎない。


こんなワークショップをいくら何十回と行ったところで、
実生活には大した効果も実益も生まれない。


【「阻害行動」や「裏の目標」を表面化する】


このことは「見える化」させるという意味では、
確かに重要なステップなんだけれど、私にはこんな程度の
ワークショップは全く物足りないし、大した意味は感じない。


目標実現を妨げている人の多くが、メンタル的な障壁となって
いる「阻害行動」や「裏の目標」なんですが、これらの設問に
答えを出すという作業は、何度も挫折を繰り返してしまう
人が持つ心の奥深い部分を表面化させるという意味では、
非常に大きな意味を持つワークショップではあります。


でもこれだけでは、感情的にまだ、出されたいくつかの答えに
対して「距離」がある。


「距離」があるということは、人間それがどんなに重要な
内容であったとしても、現実の生活の中で自分のものとして
取り組めない。


まるで、人事、他所事のような感覚のままになってしまった
状態で留まっている可能性が高いということ。


こんな状態でいくらワークショップを繰り返したところで、
出された答えに対して本当の価値付けなんて出来やしない。


つまり、現状を変換させるだけのパワーを、この答えに付加させる
ことなどは絶対に出来ないということ。


感情の距離間を近づけ、先ほどの才能豊かな人々と同じように、
案件対策を予め自分の内面で感情的にフィットさせる意味でも、
【これを表面化するワーク】だけではなくて、さらにもう一歩、
この「裏の目標」が何故生じてしまったのかを、さらに掘り下げ、
自分の心の闇部分の根本部分を紐解いて欲しいのです。


例えば、私の個人的な事例で申し訳ないですが、
かつて自分に対して「破壊願望」が生じていたことがありました。


ある「表の目標」を設定しても、それが実現されそうになると、
それまでの努力や計画の積み重ねを一気にぶち壊してしまう
「裏の目標」を実現させることを繰り返していました。


でも、その「裏の目標」を何故設定していたのかというところを、
さらに踏み込んで、大きな紙に、それまでの自分の幼少期から、
大人に至るまでの人生体験を全て書き出してみたら、
ある大きな気付きを発見したんです。


それは、母親から「注目して欲しい」、「認めて欲しい」という
心の切望感のエネルギーが、その物事を破壊するという
「裏の目標」の根底に根付いていたということでした。


小学生の頃、私の母は商売をしていて、本当に一生懸命に
働いていました。だから子供の教育なんて二の次で、
学業や将来への展望についても余り熱心ではなかったというより、
ほとんど「放置」されていた子供でした。

どんなに先生に褒められても、テストで良い点を取っても無関心。
授業参観はただの一度も来てもらえずで、進学相談なども
ほとんど他人事のよう。

通知表など一度も真剣には見てもらえず、先生に返す際の捺印は
小学校から中学までの9年間、全部自分で押していました。
今思えば、全くなんて親なんだ、と思うんですが、
当時の時代はこうした子供教育の理解が乏しい親が沢山いたんです。


まあ、自由さを満喫していましたので、楽といえば楽でしたが、
それでも、心の底では「こんなのでいいんだろうか…」と
不安に感じていました。


結局はこれが青年期になっても、ずっと知らず知らずに影響を
心の奥底に及ぼしていたということになっていたんです。
「もっと僕を見てよ」「もっと頑張った僕を認めてよ…」と。


だから、「破壊」を起こすことで、両親の自分への関心を
向けさせよう、子供の頃の刷り込みを、寂しさを埋めようと
こうした行為でアピールしていたんですね。



家の近くには、毎日、人々が寝静まった深夜になると、
必ずバイクのエンジン爆音を「バリバリ!!」と、
ヒステリックにこれでもかと鳴り響かせ、
迷惑行為をわかっていて行う少年がいます。


でも、もしこの少年が単なるバイクのエンジン音を吹かしたい
だけなら、別に敢えて「深夜」でなくても良い訳だし、
むしろそんな虚しいマスタベーションのような行為より、
どこかのサーキット場で自分の技術を磨く目標を置いて、
バイクに親しんだほうが、将来の布石にもなって行く。


でも、この少年はそんな将来の布石なんてことはどうでも良くて、
「深夜の爆音少年」でいたい訳。その深層心理は人々の関心を
持って貰いたい。「俺はここにいるんだ!」という主張がしたい
んだと思うのです。だから一番音が響く深夜が彼の晴れ舞台
なんです。


どんな「クソ行為」でも、必ずその理由がある。


大なり小なり、人間は日常生活の中で、こうした
「荒れた行為」を何らかの形で行っていると思うんです。


ぎりぎりのところで、それが犯罪になるかならないかは、
自分の正義と理性でコントロールしているだけであって、
下手をすると、それは「紙一重」かもしれない。


だからこそ、こうしたダークなエネルギーが充満し、破裂を
起こす前に、それを放置したままに流されて生きてしまう
のではなく、「見える化」し、そこに「感情の距離が縮まる」
まで、掘り下げてみることがとても大切。


感情の距離を縮めるには、自分のマイヒストリーと、
「目標の実現を阻害する行為」、実現を妨げるブレーキでの
「裏の目標実現」を照らし合わせながら、出した答えと、
自分の感情がしっくりとくるまで、時間を熟成させながら
答えを煮詰め出すこと。


インスタントでは出ないんです。しっくりさが長期に亘って
心にズン!と浸透する答え出しは。


「早く出る」ものは「早く忘れる」という側面が有るということ。


「見える化」させるということは、私達に「気付きへの死角」を
発生させないように、より防ぐということにも繋がるし、
さらに、そこに「感情の距離を縮める」ことで、
出された答えの「益」を、最大限に長期に亘って継続させる事にも
繋がる。


あなたが、もし、誰かの上に立つ人なら、誰かの中心的影響を持つ
環境下にある人であればあるほど、自分の日頃の言動を、
必ず何らかの形で客観的に「見える化」させなければならないと
思うし、その義務が与えられていると思うんです。


何故かこれは「凡才」ほど取り組まず。なんですが、
結果、自らを窮地に追い込む事にしないようにさせるためには、
痛い思いをすることは重々承知として、自分の今の現状を
客観的に第三者の評価もそこに加える仕組みを考慮しつつ、
「見える化」させることを、是非熟考してみる価値はあると、
そう考えるこの頃です。あなたは、どう考えます?

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