成功への鍵は「入り口」に有り

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何かを始める時、最初は「よしやるぞ〜!」と意気込んで取り組んでみたんだが…。やがて”尻すぼみ”に陥っていく人をよく見かける。

これには複数の原因が絡んでいることが多いので、一概に「これ」だけ直せば全てが上手くいくようになる、という単純なことでは無いけれど、挫折する人でも、ここを押さえて置きさえすれば、結構そこそこの「いい結果になったよね!」ということが出来たのに、残念だったよなあ…と感じることがある。つまり、限りなく失敗をしない「コツ」だ。

それは、ものごとの始まりの部分、「入り口」に入る前に、「一番先に実現させておく目的」は、一体何なのかをしっかりと考えておくこと。

「目的が先(必要最低限レベル)」
「それ以上のレベル習得はあと」

先ずは、第一ステップ(必要最低限レベル)までの実現を、一直線で無我夢中で取り組む。全勢力を「そこの一点」に集中させる。

「取り敢えず、やってみよう…」では駄目で、この「一点」の「点」の部分を、動き出す前にじっくりと確実に見据えておかない限り、行動が必ず”ブレる”。

あれをやったり、これをやったり、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり…。時間も、労力も、お金もどんどん消耗する。だから挫折する。…当たり前だ。

こんなブレていては。誰でもこんなやり方をしていれば挫折する。能力のあるなしではなくて、正しく「入り口に入る方法」を知っているか、知らないかだけのこと。

あのプロ野球界で華々しく活躍したホームランバッターの◯原が、今日、覚せい剤の罪で逮捕され、大きな話題としてTVのニュースで取り上げられていたが、彼いわく…「野球を終えてからというものは、何をどう生活し、向き合ったら良いのかが、分からなくなった…。だから毎日が不安だった。」と。

これでは余りにも考えるのが遅い…。

現役時代、体力の衰え、持っている技術が思うように表現出来なくなったな…と感じるようになってから、引き際を意識し、実際に引退を決意するまでには、かなりの時間が合ったはず。

「野球一筋の職人稼業」で生きてきた人なのだから、いきなり自分の最高の満足を実現させる場を求め無くても、先ずは野球に関する世界なら取り敢えずはOKとして、「第一ステップとしての場創り」を実現させれば良かった。例えば子供達の野球教室とか…。野球発展途上国へのマンツーマンでの技術指導を行う財団法人を設立した中での活動とか。彼なら時間もお金も人脈も有ったはず。

こうした職人気質の人は、「◯◯バカ」といわれる程、純粋に物事に打ち込む傾向がある。その◯◯を外したら、子供と同じ次元になってしまうことが多い。価値感を順応させるEQの訓練に取り組む機会に恵まれていない為だ。

だから、自分への自己価値評価が、野球以外では子供のように「稚拙」なままだった。それは育った環境が大きく影響しているはず。だからこそ、自分の価値感を再教育する必要があった。少なからず一般の人よりも影響力がある人なだけに…。

こうした第一ステップの場に居れば、野球人としてのこれまでの自分の在り方を見直すチャンスにも出会えたかも知れない。

何故、その引退後の先を、もっと以前にしっかり考えなかったのか。周囲に的確にアドバイスが出来る人がいなかったのか…。元々が純粋な人なだけに、修正が効かなかったのだと感じる。本当に気の毒だ。

彼はその引退後という「入り口」への入り方を、完全に間違えた。その結果が、今のこの現実になっている。

目的も持たず、「取り敢えず、やってみよう」だけでは駄目なのだ。

目的を持って生きていない人間の行動は、実際に、日々次々と日常で発生する現象の一つ一つに意識が向いてしまい、どこに向かって進んで行ったら良いのかが分からなくなる。

目的が分からない人間の行末は、「快楽」しかない。人間の脳は「欲望」に先ず強く反応するように出来ているからだ。目的がきちんと見えていると、「ああ、こんなことを日々続けていたら、◯◯の道から大きく外れてしまう」と自制が効く。

だからこそ、「正しい入り口」への入り方は、常に意識しておく必要がある。

「正しい入り口」から入ると、3つの効果が期待出来る。

一つ目は、「直ぐに実践に役立つ能力や技術」を身に付けることが出来る。例えそれが、まだ未熟で大したものではないにしても、その一点部分の世界では役立つことが出来る。「新人」はそれでいい。

二つ目は、やっていくうちに「応用力が身に付く」ことだ。現場でのさまざまな体験や失敗を繰り返す内に、何となくやってはいけないパターンや、「これを行うと上手くいく」コツが分かってくる。一つ一つの出来事が、失敗を避けるコツと、上手く行かせるコツとに、自分の中で分類されていく。これがいざというときの「底力」になる。

三つ目は「能力が勝手に上がっていく」。新しい機能の発見や、まだ誰も気付いていない方法や、さまざまな体験がベースになり、直感や自分ならではの方法が見出される。

勿論、取り敢えずという、その目標でいつまでも留まっていては駄目だけれど、最終的にどんな高い次元での目標場を決めておくか。さまざまな現場体験を通じつつも、それらの常識に囚われないうちに、自分ならではの最終ゴールを決めておく。

出来れば、第二の目標地は、あなたが感動したモデルを参考にすると良い。第三の目標地は、それを超えること。3〜5のステップで自分の次元を高める人生設計を持っておく。時の流れ、体験知とともに内面的な価値感は変動するため、常にバージョンアップとしての微調整を行う。だから最終目標到達点は変わっても良い。

でもこれは誰かに口外してはならない。何故なら、必ず「そんなもの実現する訳ないだろうが…。お前には無理!」と言われるからだ。彼らは自分の生きてきた体験知を持っていて、その自分のモノサシこそが正しいと思っている。彼らの”常識”の範囲外の世界にあるものは、全て否定されるのがオチだ。

特に、あなたの立ち位置に近い存在ほど(家族、友人、同僚、先輩等)、あなたの目標や夢の実現を妨げる「破壊者(ドリームキラー)」は多い。だから言動には気を付けることだ。相談するなら、きちんとした土台創りがきっちりと成功した時に、小出しで様子を観るくらいの慎重さが必要になる。実際に、人の想念のエネルギーというものは、想像する以上に「実現場」に影響を及ぼす。

万が一、その現場にいる”冴えない人間”、”安全志向の常識人”の世界観で、いくらアドバイスを受けたとしても、その冴えない感覚の延長線上の先にあるものは、最上レベルでも”無難かつ冴えない世界”でしかない。人間は自分が実感している世界しか実現させることが出来ないからだ。

その”冴えない世界”では、未来の変化には追い付けない。いつも他人の目的実現の為だけに、あなたが使われることになる。つまり”奴隷人生”の枠組みから抜け出すことが出来なくなる。

時代の流れに取り残される人達の”常識価値”に悪影響されないように気を付けることは、あなたの人生を幸福に、或いは豊かに実現させて行くために、実はとても大切な「コツ」の一つなのだ。だからといって人間関係を悪化させないように配慮することは大切なので、万が一”アドバイス”を受けても、「有難うございます」という姿勢を持って対処すれば良い。

「常識」を直ぐにでも否定するものでは無いけれど、多くはそこに浸っている限り、「課題の枠組」を壊すことは時間とともに困難になっていく。そして「こんな人生でも…いいや」と諦める場にも繋がっていく。

時代を反映してなのか、最近は無難な生き方を求める若者が増えているけれど、「無難」な生き方はある程度、年をとってからで良い。

だから、第一の目標の次は、少し心が痛い次元の世界を見据え、「古い自分自身の価値感の枠組み1.0」の延長線上ではなく、達成できるか出来ないかの保証など持っていなくてもいいので、少し背伸びした世界。「1.0の自分」では、先ず届かない世界の目標を意識するようにしよう。

「視点」が根本次元から変わると、今まで見えなかったこと、気が付かなかった情報の存在を、脳がキャッチするようになっていく。

そこに到達するために、何が不足していて、何が足りているのか、不足している部分を埋めるにはどうすれば良いのかの情報や方法、技術習得への手順が、段々と見え始める。これは動きながらの方が、圧倒的に実現が早い。最初から具体的な手順などは見えていなくても、全く構わない。動いていく内に必要なものや情報は集まってくるからだ。動きながらのほうが、それらの精度の見極めがやりやすい。

成功への鍵は「入口にあり」…。

これを是非意識しておいて下さい。

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