成功と失敗を分けるマスタリーポイント

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今日は、「成功」と「失敗」を分けるほんの些細な要素でありながらも、効力としては偉大な「マスタリーポイント」について話を触れていきたいと思います。


「マスタリーポイント」とは、習熟した自分の強み、能力を最大限に発揮し、課題の大きなそれまでの流れを大きく変える、大変に重要な節目であり、”冴えなかった”これまでの場を、全く異質なものへ劇的に変換してしまう、触媒的な作用を持つ「ライフトリガーポイント」という意味でもあります。


ところで、いきなり冒頭から、自分のことで恐縮なのですが、僕の生き様の根底には、常に、その場を逃れるための癒しではなく、「自己変革としての癒し」というテーマが在り、その階段を一つ一つ登る為に、これまで、ヒーリング音楽演奏家〜東洋医学施術家〜コーチング〜メンタルファシリテーターと、こちらが一方的に「与えるだけ」の側から、「双方セッション」。そして「相手が自ら答えを導き出す」ための支援側へと、10数年間を掛けて、主たる活動のステージをゆっくりとシフトして来ました。


だから、今は、相手がメインの存在であり、こちらがサポートする側で、関係が成り立っています。


「ヒーリング」という土俵上でありさえすれば、引き出しは今の方が沢山備わっていますし、場合によっては、必要ならば音楽も施術も心理相談も一般的で言うプロレベルで、以前と全く遜色ないレベルで仕事を引き受けることが可能です。でも、こうした引き出しの内容は、いつでも使えるように磨き上げていますが、体は一つなので、メインとしての「アウトプット」は、【ファシリテーション】という小さな世界です。


この小さな世界から出すエネルギーは、これまで僕がコツコツ積上げてきたさまざまなノウハウ、技術、生き甲斐が集約され、以前よりもはるかに濃いエネルギーとして濃縮されています。そして、今もなお、これらはそれぞれに触媒効果を生み出し、互いに良い影響を与え合っています。


そのお陰で、行動とその結果に無駄が無くなり、以前よりも遥かに自由な時間と将来への生き甲斐展望、生活環境の充実度が整備され深まりつつあります。


今月も、大好きな映画を数十本楽しみ、読書も、食も、適度な運動も満喫しています。本当に幸せな人生を過ごしていると実感しています。でも、手帳には強制的に他人からの指示で影響を受け、働かされるスケジュールは皆無です。どれもが自分自身で決定し、自由な時間が必要だと感じる時は、全くその期間にはスケジュールは入れません。


それでも、もう、健康、生活経済力、人間関係等、一般的に問題の3大項目といわれている内容を含め、今後の人生の不安を覚える項目は現状では殆ど消滅し存在していません。


そこに驕りは有りません。生身の体ですし、例えば病気に関しては一度は極限にまで痛めた身体ですから、健康へのハンディキャップは現実には存在しているはずです。ですから人より長生き出来る可能性は少ないと考えています。いつでもあの世に行く覚悟は出来ていますので、おそらく、万が一、何があってもそれほど驚かないと思います。こうしたメンタルへの達観を得られたことも、自分の中では人生成功の一つだと考えています。


良くあるようなマスコミで取り上げられる派手な成功では有りませんが、夢も目標も着実に一つ一つが実現し、地味でも、自分の中では、適切で程良い「人生成功の実現」が現実化していると、実感しています。


しかし、かつては、健康、生活経済、家族や仕事を崩壊させ、ホームレスや死ぬ寸前までいき、人生のどん底も体験した、全く同じ人間です。


例えば、生活経済力というキーワードに触れてみると、僕の周りの知り合いには、もう既に一生を贅沢な環境で過ごしていけるだけの経済力を持っている方が複数人います。


高価で驚くような陶磁器やコーヒーカップを、コンビニのおまけで貰ったお皿やマグカップと一緒に、ごく普通の日常生活でガシガシ使い、割れたら割れたで「ああ、そこに捨てておいて」と、サラッと言います。


ブランド物は、表に名前が出ないものを好み、華美さを避けつつ品良くまとめますが、ユニクロも同じように好きです。ブランド名では無く、「品質」にこだわります。


中には、一台、数千万もする高級車を数種類、所持しているかと思えば、時折、茶目っ気を出し、政府や世界の要人が利用する、普段は顔パスが効く超高級ホテルに、農業用の軽トラ、汗とドロで汚れたTシャツ姿とサンダル、ブランドバックの代わりに地方スーパーの名前が入った、シワクチャな紙袋を抱えてエントランスに乗り付け、「恐れ入ります、お客様…、当ホテルはそのような装いではご遠慮させて頂いております…。あっ…◯◯様!失礼しました!いっ、いつも大変お世話になっております。今日はベンツでは無いのですね…◯✕■※…。」「…あなたね。表面的な外観で人を安易に差別するものじゃ無いよ…」と、睨みを利かせる人もいます。


ここで、彼らの「成功」は、何故、起こったのか…?を、考えて見たいと思います。


結論から見れば、彼らは大多数の人間が、真剣にやろうとしなかった、「あること」を実行していた…ということになります。


でも正直に言えば、彼らは、どうひいき目に見ても、人より人格的に優れ、ビジネス的な能力が抜きん出ているような存在では有りません。街角の、コンビニで働くアルバイト店員さんとそれほど能力的な遜色は無いと感じる。中には人よりシャイで、人間関係が苦手という人もいる。こんな人はとても店では使えない。


むしろアルバイトさんの方が「努力家」で「頑張り屋」だと感じることさえ有ります。実際、僕の事務所の近くにあるセブン◯◯◯◯には、もう何年も夜勤で頑張っている60代だと思われる人がいて、いつ行っても彼は誠実にテキパキと無駄なく働き、丁寧に接してくれる。


では…、こうした高額な年収環境を実現させている彼らは、このコンビニの男性より「運が強かった」のか、というと、そうでは無い。


ではどこに大きな違いがあったのか。


一つは、自分の「人生への期待する目標値の違い」があったということ。コンビニで働くオジサンよりも、少なくともその目標値が高く、目標実現へのプロセスを研究する探究心への大きな違いがあった。自分の特性を見極めつつも、目標値を微調整しながら『進んでいく方向を明確』にした。


二つ目は、機会を待たずして腰を上げ、『行動し続けた』。
そのプロセスの結果はどうなったのか。検証を繰り返し、行動し続けた。


三つ目は、そのプロセスや目標、価値観や経験、過去の体験知から振り返り、行動プロセスモデルの修正を常に学び、研究し、繰り返し振り返ることを怠らなかった。つまり、『素直さ、研究、勉強熱心』だったということ。


どんなキャリアや立場、権威を持っていても、新しい学びやモデルを取り入れざるを得ない局面とがっぷり四つに取り組まざるを得ない場合は、下手なプライドや社会的な立場を一切捨て、小学校のピカピカの1年生と同じような立場で、「素直な心」で、その情報を伝える人なら、年齢、性別、社会的な地位にかかわらず教えを乞うことを忘れない。


例え相手が子どもでも、それが「答えに導く役割」を感じるのなら、一人の人として謙虚に接する。そういう姿勢や価値観が、彼らには有った。だから今、その結果がある。理屈抜き、問答無用。


今、問題があるのなら、きっと、あなたの「何処かがおかしい」ということ。問題発生の根本次元で見ると、きっかけは誰であれ、何であれ、それは誰のせいでもない。謙虚に、問題解決への原因とその解決への答えは、全て自分にあると考えると、不思議に解決は早くなる。


最近、「ガンになってしまい非常に不安になる」という方と、話をする機会が増えてきた。ガンは現実的にまだまだ究極的な人生問題の一つでもある。


中には心理の専門家として、長年、企業や教育関係組織での講師をやっておられる方もいるし、学校の教師もいる。


こうしたキャリアを長い間積み上げて来た人ほど、ある意味、プライドが高く、そのプライドが「自己変革」に大きな障害となっていることも多い。


ガンになるのは、「食生活」「生活環境」「ストレス」「遺伝的な要素」等、さまざまな原因・要因があるけれど、結果的に、自分自身でそれらの要因の影響による、ガン体質への「スイッチ」を”入れてしまった”ことに他ならない。つまりは「全ては自分の自己責任」だということ。


厳しいことを言うようだけれど、ここを先ず、受け入れない限り、「ガン体質」そのものを治していくことはとても難しい。これは自分自身も含め、多くの人達を見続けてきた末に出された、僕なりの結論でもある。


それまでの自分の生き方の積み重ねの末に「今」があり、それは、過去、自分自身が思い描き馳せていた「未来への映像」がやって来た現象ともいえる。


ガンになってしまった心理の国家資格を持つクライアントは、メンタル面の話をすると、「それは私のほうが専門家だから」と言って、こちらの話が殆ど耳に入らない。云わば、その人の心の中にある「受け入れのマス容器」には、既に”自分好みの酒”で満たされて、”満杯状態”になっている。


その”自分好みの液体”でガンにかかってしまったのだから、それまでの生き様を表す、その「価値観」という液体を一度、「素直」に捨てて、容器をきれいに洗い流さないといけないのに、理論や理屈、限られた狭い世界で、たまたま資格等を活かし生きられて来た人ほど、その「限られた世界」だからこそ、「たまたま通用していた自分」という現実を受け入れられないことが多い。


日本の企業世界では、世界には無い独特の文化が存在している。例えば、毎年見る「黒で統一されたリクルートファッション」。一体、これに何の意味があるのか。制服文化、横並び文化に慣れ親しむ日本人らしい”文化”。本来、個人の特性、個性を少しでも洞察するなら、むしろ自由なファッションをさせたほうが、数倍、その人の情報を入手することが出来る。


お辞儀の角度は何度。入室、退室時の挙動。質問への受け答え…。こういう”儀式”は、ある最低限の基準さえあれば、誰も不快には感じない。しかし、現実には、そのクオリティーを徹底的に追求させ、要求する企業担当者も多いと聞く。人材を開発、発掘、確保するなら、いつまでも”慣習”に惰性的に流されず、もっと他の追求すべき要素があるだろう、担当者の御自身がもっと勉強すべきだろうと、思わず突っ込みたくなる。


先の心理系専門家として企業市場で活躍しているクライアントは、そんな現場での企業研修や、新人教育を受け持って来た。だから、「私のほうが現場の場数を踏んでいる」という強い自負がある。


しかし、残念ながら、彼女の活躍する場というのは、企業と企業のある種の契約上で成り立っている特殊でニッチな世界であり、実際に個人の実生活で発生する苦悩や問題に具体的な対応が出来るかというテーマとはズレがある。


勿論、そういうパーソナルな場面でも素人ではない専門的な専門知識、面談技術を活用させることは出来ると思うけれど、実際の個人的な生活現場では、会社が用意してくれた「お客様」に、マニュアル化されたカリキュラムを時間の配分通りに進めれば、それで仕事が完了する、という訳には行かない。


お金、健康、異性や家族の人間関係、食、教育、生活環境等、実に多くのテーマと向き合わされる。ハウツー的なマニュアルは役に立たない。相手の価値観を変えなければならない。そんな表面的な理論でいくら”正論”をアプローチしたところで、相手の感情は全く動じないし動こうともしない。


実際に、その心理先生の彼女は、表面上は平静を装っていたけれど、「私はこれから一体どうしたらいいんですか!…。」と、切羽詰まった命にかかわる自分のことになると、不安を極め混乱し、大声で泣き、心的な動揺を隠せなかった。


しかし、そんな状況を見せながらも、「◯◯さんは、これまでメンタルのお仕事をされて来ましたが、ご自分の心のコントロールをお一人で今後も正しく続けていくことはできますか?」という質問に、暫く間を置きながらも、その答えは、「私の方が心理面では専門家であるので…」という姿勢を壊すことはなかった。


遺伝的、環境的な因子、先天的なものを除き、「生活習慣の末になった病気」はある意味、生き様の失敗体験でもある。特にそれが重篤なものならなおさら。


でも、病気は生き様を見直す意味では、そのプロセスモデルを変革し直す、最高の機会でもある。


何であれ、あなたの過去がどうあろうと、もし今、あなたが何らかの問題や苦悩が行く手を大きく阻んでいるのなら、残念ながら、その現実、事実を導いたのは、誰でもない、あなた自身だということに他ならない。


キッカケは誰であれ、何であれ、全ては自分の責任。「私は知っている」という驕りや、「自分には出来ない」という他人依存、「私は悪くない」と責任転換を考えているうちは、その負の連鎖現象からは、絶対に抜け出すことは出来ない。抜け出せた、と思っても、必ず元の世界にすぐに戻る。これが「言い訳無用」「問答無用」の、この世での現実世界。


だとするなら、何もかも過去の功績や実績は捨て、「ピカピカの素直な気持ち」でその生き様、価値観を振り返り、じっくりと解決へのプロセスを研究し、行動して変えるしか無い。


いろんな意見があるだろうけれど、体験的に、僕はこうした「自己完結型」でシンプルに考えた方が、結果が上手く運んだ。


つまり、問題や苦悩は、「その生き方、考え方では駄目だよ」という、自然界からの教えであり、本人への気付きを促すメッセージとして存在している現象だと捉えると、結果、それらの根本原因は、全てが自分の思い、考え、価値観、行動の「初動」に、その根源を発しているということ。


だから、”他人依存”や”自己責任回避”の価値観の上で生きている限り、今現在の目の前にある課題、案件、不安、苦悩、問題、フラストレーションは何度でも何度でも繰り返しやって来る。


「癒し」も、現実から逃げる為に使っているだけでは、目の前の取り組むべき問題は、放置すればするほど膨れ上がりドンドンと巨大化し、一人では解決が難しい難問化が進んでいくよ、ということ。それは皮膚の”デキモノ”と同じだから。体の中で出来れば”ガン”と呼ばれる。早めの処置が一番ラク。後になればなるほど、治療時に痛くなるし、”傷跡”も大きく残る。


その時でなければ学ぶことが出来ないことがあります。その出来事は、誰がどういう形で運んできてくれるのか、全く予想もつかないし、その答えも含め、大概は以外な方向からやって来ることが多い。


だからこそ、「自分にはもう分かっている」などという驕りを持った時点で、脳は本来必要であるはずの「立て直し場」作りへのプロセスを実現させるための学習を止めてしまい、必要な情報収集へのアンテナは閉ざされるか、情報収集の感度が大幅に鈍る。つまりは、この時点で「マスタリーポイント(自分の資質や特性を最大限に活かした人生好転ポイント)」は閉ざされる。


だからこそ、窮地に陥ったときこそ「素直さ」は忘れてはいけない。僕自身にも、自分に言い聞かせる意味で、いつもこのブログを書いています。いや、正直に言えば、むしろ自分に言い聞かせていると言っても過言では有りません…。


さて来年の2017年、こうした”自分が超えられ無かった壁”を正しく乗り越える為の、「成果が出せるプロセスを正しく学ぶための学習塾(仮称)」をスタートさせます。


現在、某大学で教鞭を取る博士号を持つ先生の研究所が主体となって、最先端の学習理論や技術を網羅した教材、WEBラーニング環境への開発・準備が着々と進められています。


既に、大学内での学生達への数年間のさまざまな実験、検証、実績も踏んできており、非常に数々の大きな成果が得られています。年内には実験的な意味で、一部のエリアで始まります。


こういうジャンルに興味を持つ人の為に、無料のPDF&音声教材も作成しています。このサイトでも年内から年始頃にUPする予定です。


その際は是非、早めに申し込んでGETしてください。中には現在でも数万円で開催されている講座の内容を網羅している限定数量での音声コンテンツも含まれるように準備していますので…。


そうそう…。あの心理の先生は、結果、今、僕とは良い信頼関係で、順調に回復に向かわれています。