生き方を見失い、心の挫折に陥ったときの対処法

心の挫折から立ち直る

生き方や生きがいを見失ない、心が挫折すると、十分な能力やチャンスがあっても、一切そこから先に進むことが出来なくなります。



「ああ…もうだめだ…」という心の挫折は、あなたに備わっている素晴らしい潜在的な能力や、前向きな心のスイッチを全てOFFに切り替え、私たちをまるで小さな乳飲み子のように無力な状態にさせてしまいます。



「毎日」という時間は「生き物」と同じです。そう、毎日は生きているんです。

悲しい…と感じながら生きれば、悲しい毎日がずっとやってくる。

辛いけれど…何とかしよう、小さなステップから何が出来るか、自分に何が出来るか、どんな小さな芽を育てることが、出来るか。



あなたの「毎日」にどんな種を植え、芽を育て、苗にし、花を咲かせ、果実を収穫させるのか。


こころが少し落ち着いてきたら、こうしたことを考えて欲しいのです。



どんなに小さくても良いです。どんなにささいなエネルギーでも良いです。


「毎日」にその「命」を吹き込んでいこうというこころの動きさえ芽生えさせることが出来れば、諦めず、それを日々継続させることさえ出来れば、きっと、あなたの思いもよらない形や方向から、少しずつ幸せな「毎日」が実感出来る日々が実現すると感じます。


「毎日」は生き物。あなたの思いや考えが明日の「毎日」を創るエネルギーになります。



汚染された「思い」は、汚染された「毎日」が、前向きな「思い」は、それに相応しい「毎日」を生成し、あなたにより多くのチャンスを与えてくれるはずです。


目指すは、出来るだけ「自立」の精神ポジションに立つです。



が…、精神的、物理的にどうしてもこれが無理な状況下なら、人に思いっきり甘える時期も有っていい。


心の挫折に陥った時、重要なことは、「頑張らなくていい」ということです。



出来ない自分、だらしない自分、人に迷惑をかけてしまったことも全部OKなんだ、そういう非力な自分自身も含めて、もう「頑張らなくていい」んです。「出来ない自分」でもいい…。



苦境や難局は、自然界でいえば突発的な「自然災害」に似ているようなところでもあり、毎年やってくる台風や梅雨のようなものでもあります。



どんな素晴らしい生き方や人格者であっても、来るときはくる。自然界に四季があるように、人生にも四季があります。ここで大切なのは、こういう苦境、難局に対して、どういう気持ちで臨むのかということです。


私の場合の体験から気付いたことは、起こる出来事には全て、自然界がより高次への「気付きへのヒントをくれようとしているのだろうな」という感覚でした。


死に物狂いで物事に取り組んでも、なかなか結果が出ないことの方が多いものです。



大体、一つのことで一生懸命に取り組んでも本当の意味で成果が出せるには10年前後はかかると言われます。



結果を出そう出そうという事に執着するよりも、「出来ない自分でも今はいい」と、最低限でも出来ることを日々淡々と行い、「事の成り行きや結果が出るのは自然に任せよう…」と。



余りにも毎日が苦しい生き方の連続でしたので、ふとそう考えるようになったのです。そうしたら、すーっと生き方が楽になったのです。



八方塞がりにあるとき、ふとこうした感覚が沸々と内側から湧き出てきたのを覚えています。



人生の達人、人格者、自立心人には、不思議とこのような環境に陥っても、
意外と早くそこから立ち上がり、しかも、そういう難局にありながらも、しっかりと「難局中の福」として、その中に潜む多くの学び、福となる要素を吸収しています。それがまた知恵となり力となります。



彼らに共通していることは、苦難の局面に立たされていても、絶望感を持つことなく、難や禍いの中に潜む<福・喜びの収穫>をいかに見つけるかという要素も含めた、<楽遊の精神>で臨んでいるということです。


これは、「無責任でノー天気な明日を考えないその日暮らし」の生き方とは根本的に違います。



きちんと、明日やその先のことを考え、その上で、「今置かれている状況の中で、何が出来るか」をしっかり考えているからこそ、こうした苦難局面でも<楽遊の精神>が可能になるかもしれません。



例えすんなりとマネ出来ないにしても、雰囲気だけでもイメージしてみてください。



ここでの<楽>は、それを無邪気な心で「楽しむ」という意味のものです。

<遊>は、ものごとの価値に偏らない、中庸(ちゅうよう)の心と、捉われの無い自然体で自由な精神という意味を持ちます。



やるべきことはしっかり取り組み、あとは「天にお任せ」というところでしょうか…。


心の挫折に陥ったときは、出来ない自分も、有りのままに自然体で受け入れ、「頑張らない精神」で、日々淡々と結果を求めすぎないように最低限のやれることをしながら「楽遊の精神」で天に任せる。



元気が回復したら、また頑張れば良い。

人生はあまり「今」に囚われすぎる必要は無いと感じます。力を抜く時は、抜けばいい。力がみなぎればまた頑張れば良い。そんな人生の強弱リズムが有っても良い。

そう感じます。


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