人生での「流れ」をキャッチする –  心の立て直し ライフレッスン ブログ – 心の立て直し セルフファシリテーション わく事務所 

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昔、WAKUはちょっとばかり、悪い生き方をしていた。

幼稚園での予防接種の時、園中の先生達が
一人のチビスケにやりたい放題に撹乱され、
捕まえるのにも「一大イベント」だった。

小学校では上級生を石を持ってイジメ、泣いても
手を緩めず、彼らは不登校になった。

父親、母親はいつも仕事に忙しくしていて、子育てに
参加しない人だった。だからその子供(私)は情緒不安定で、
小学校の4年生まで、オネショをしていた。

喧嘩ばかりし、腕力では到底敵わない3つ年上の
兄貴への「仕返し」には、夜寝る時に、彼の布団に
潜り込み、この「武器」を使って制裁を加えていた。

朝型、うっすら外が明るくなると、彼は自分の寝巻き
が”ビチョビチョ”になり、一晩中、寝苦しかった理由
に気が付く(大笑)。


山の学習という二泊三日の学校行事を、
まるで死刑執行への拷問行事のように恐れていた。
当時の本人は真剣に悩んでいた…。笑えるけど。


物心が付き、異性や友人との交際にも目覚めた。
何かの人の集いには、きちんと決められた時間が
あるのが普通だが、待っている相手のことなど
全くお構いなしに、自分の都合ばかりを優先し、
平気で遅刻やドタキャンをしているような子供だった。


「偏り」は、バランスが悪い。
だから、その後、きちんと「後始末」をさせら
れることになった。


20や30代になっても「偏り」は改められなかった。
心は子供のように未熟のままだった。

だから…右腕尺骨側を20センチの大きな切り傷を
負ったり、首の骨を折る大怪我をしたり、2年間もの
闘病生活を強いられる命を落としかける重病になった。


さらに覚えているだけで、左の鎖骨は2回。
右の鎖骨は3回。左の足首の骨折1回。
もっと何処かの酷い怪我をしている。


心が悪い方に偏っていると、日々の出来事にも、
その「兆候」が現れ始める。


例えば、何気なく路上駐車した僅かな時間に、
「違反切符を切られた」とか、「人から裏切られた」
、「恋人に振られた」とか「仕事でのミスが続く」とか。

やることなすことが全て思うようには上手くいかず、
底なし沼に半分胸まで浸かり、足をもがいている
ような重苦しい気分の時は、素直に行動や心の
状態を振り返るのが、どうも一番良いと体験上感じる。


こうした時は、今までの古い自分の生き方、
上手くいかない時の生き方の逆をやるといい。




上手くいかない時の原因を人のせいや外側に
求めてばかりいても、解決の根源は見付からない
ものだ。その根本原因は外には無いからだ。


「出来事」とは現象に過ぎない。

何故、その「流れ」がこうも次々とやってきているのか…。



ここを観なければならない。


「自分の心の捉え方」


辛いけれど、ここと一番向き合わなければいけない。
それが、うまくいかない時の「流れ」を変える
最もベーシックな対処法だと感じる。






潜在的に凄い素質があるのに、力が発揮できない
俗に言う「残念な人」には、ある共通する特徴が
存在すると、メンタル系のスペシャリストが、
某セミナーで言っていた。


それは「ストレスキャパライン」が低いらしい。



ちょっとしたことで、直ぐに強いストレスを感じ、
そこから逃げ出したくなる。

だから、いつまで経っても、問題解決の力が
養われない。これは辛い。本人にも周りにも。



こういう「残念な人」がストレスレベルを
上げるには、「やりたくないこと」を思い切って
取り組むといい。

時間は短くてもいい。
感覚は慣れるから、段々と時間を長くしていく。

自分の今の力でさっと片付きそうも無い「厄介な事」
なら、それを5~10個に分解してみるといい。

その中から、直ぐにやれそうなことから取り組む。

そうしていると、不思議だが、それまでの「嫌な
流れ」が「感じの良い流れ」に変わりつつあるな、
という空気感を感じることがある。




よく、「人生を劇的に変える○○のステップ」とか
の本やセミナーの広告を見るけれど、どれも、
簡単に言えば、「コツコツと日々の生き方や、心の
使い方をきちんとしようね」ということなのかなきっと…。


やはり、生きていると、何か目には見えないけれど、
「大きな力」で私たちは生かされているなあ…と
感じずにはいられない。

そうあなたも思いません?

「流れ」に意識を向け、感じながら、一度、毎日の
日々を過ごして見てください。

きっと、新しい気付きが生まれてくると思います。

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